麺
そば
45種
そばには二つの型がある。ひとつは出雲そばの挽きぐるみ、戸隠そばのぼっち盛りのように、産地と結びついた「地域の型」。もうひとつは、そば粉と小麦粉の配合(十割・二八)、挽き方(更科・田舎)、江戸の藪・砂場・更科という店の系統、もり・ざる・かけといった食べ方の違いという、土地を問わない「打ち方と食べ方の型」である。同じ十割でも産地によって呼び名も盛り付けも変わり、同じ二八でも系統によって粉の挽き方や香りの出し方が違うというように、二つの型は互いに重なり合っている。ここでは後者の、粉の配合・挽き方・系統・食べ方という構造を辿る。
土地ごとの料理25
- 馬肉蕎麦Baniku Soba熊本県 阿蘇市熊本県阿蘇地域に伝わる、馬肉の甘辛いしぐれ煮を温かいそばにのせる料理という。馬肉文化が根づいた土地で、けが人や病人への薬膳料理として食べられてきた歴史を持つとされる。
- 越前おろしそばEchizen Oroshi Soba福井県 越前市福井県越前市に伝わる、大根おろしと削り節をのせて食べる冷たいそば。城主が京都から呼んだそば職人が非常食としてそば栽培を奨励したのが始まりとされる。
- そばEdo Soba東京都そば粉に水とつなぎを加えてこねた麺を、もり・かけで食べる東京のそば文化。「砂場」「更科」「藪」の三系統が江戸そば御三家として知られ、麺の色合いがそれぞれ異なるという。大晦日の年越しそばなど、縁起を担ぐ食べ方も広く根づいている。
- へぎそばHegi Soba新潟県 小千谷市新潟県小千谷市で、織物の糸を糊付けする海藻「布海苔」をつなぎに使い始めたそば。「へぎ」と呼ばれる木箱に一口ずつ盛り付ける。
- 伊吹そばIbuki Soba滋賀県 米原市滋賀県米原市の伊吹山中腹で栽培されてきた在来種のそばという。直径4.5mm以下の小粒で、甘皮由来の緑の色調と強い香りを持ち、うま味と甘みが評価されているとされる。
- 板そばIta Soba山形県 村山市山形県村山市周辺に伝わる、杉板の箱に山盛りに盛るそば。共同作業の後に振る舞う「そば振る舞い」の風習から、大勢で分け合いやすい盛り付けが広まった。
- 祖谷そばIya Soba徳島県 三好市東祖谷徳島県三好市祖谷地方に伝わる、つなぎを使わない太めのそば。米作りに向かない山あいの土地で、栽培期間の短いそばが主食として根付いた。
- 出雲そばIzumo Soba島根県 出雲市そばの実を殻ごと挽く「挽きぐるみ」製法で作られる島根県のそば。丸い漆器の「割子」に何段も盛る割子そばと、出雲大社周辺で振る舞われた釜揚げそばの二つの食べ方がある。
- 出石そばIzushi Soba兵庫県 豊岡市出石町兵庫県豊岡市出石町のそば。信州上田から国替えとなった藩主がそば職人を連れてきたのが始まりとされ、出石焼の小皿に五枚一組で盛って出す。
- 深大寺そばJindaiji Soba東京都 調布市深大寺東京都調布市の深大寺で、小作人が寺に納めたそば粉を寺が来客にふるまったのが始まりとされる。江戸時代には将軍家にも献上された。
- 鹿沼在来そばKanuma Zairai Soba栃木県 鹿沼市栃木県鹿沼市に伝わる在来種のそばという。一般的なそば実より小粒で殻が薄く、甘皮の割合が高いため香りが豊かで、麺にすると雑味のない甘さと良好な歯切れが出るとされる。地理的表示にも登録されている。
- かてそばKate Soba栃木県栃木県鹿沼市周辺に伝わる、そばに大根やにらを加えてゆでる料理という。「かて」は増量材の意味で、食糧難の時代にそばのかさを増す工夫として広まったとされる。今も鹿沼と佐野で違う具に定着している。
- 御厨そばMikuriya Soba静岡県 御殿場市静岡県御殿場市の御厨地域に伝わる、鶏がらだしのつゆに手打ちそばを入れる料理という。水を使わず山芋でそばをつないだことが起源とされ、喉ごしのよさが持ち味とされる。
- けんちんそばNiimi Kenchin Soba岡山県 新見市岡山県新見市に伝わる、鶏肉・豆腐・野菜を炒めて煮込んだけんちん汁を、茹でたそばにかける料理という。稲作に不向きな土地でそば栽培が盛んだった歴史を背景に持つとされる。
- ニシン蕎麦Nishin Soba北海道 江差町身欠きニシンを甘露煮にしてそばにのせる料理で、京都発祥説もあるが、北海道ではニシン漁で栄えた江差町の網元家に伝わるレシピがルーツとされる。北海道版は濃口で汁がほのかに甘いという。
- 三瓶そばSanbe Soba島根県 大田市島根県大田市三瓶町・山口町で栽培されてきた在来種のそばという。小粒で引き締まり、苦味の強さに由来する深い味わいが特徴とされ、全国の製粉会社やそば屋から評価されている。
- そばどじょう鍋Soba Dojo Nabe岡山県 美作市岡山県美作市・鏡野町に伝わる、そば粉をどじょうのような形に細長く延ばして鍋で煮る料理という。消化がよく体が温まるとされ、山間地の冬の食として親しまれてきたとされる。
- 裁ちそばTachi Soba福島県 檜枝岐村福島県檜枝岐村に伝わる、つなぎを一切使わない十割そば。生地を重ねて、布を裁つように包丁で切ることから「裁ちそば」と呼ばれる。
- 対州そばTaishu Soba長崎県 対馬市長崎県対馬に伝わる、小粒な在来種のそばという。離島ゆえに他品種との交雑が少なく原種の性質を保ち、打つと強いコシとほのかな苦みが出るとされる。2018年にはそばで日本初のGI登録を受けた。
- 手打ちそばTeuchi Soba長野県米や麦が育ちにくい高冷地で栽培されてきたそば粉を、一本棒での丸伸ばしなど昔ながらの技法で打つ。標高700m前後の朝霧が霜からそばを守るとされ、戸隠や開田などそば処が県内に点在するという。
- 戸隠そばTogakushi Soba長野県 長野市戸隠長野市戸隠の神社周辺で参拝客をもてなす料理として広まったそば。「ぼっち盛り」と呼ばれる、一口分ずつ丸くまとめて並べる独特の盛り付けをする。
- 富倉そばTomikura Soba長野県 飯山市富倉長野県飯山市富倉地区に伝わるそば。つなぎに小麦粉ではなく、山野草オヤマボクチの葉から取った繊維を使う、他に類を見ない製法で作られる。
- 津軽そばTsugaru Soba青森県 弘前市青森県弘前市に伝わる、そば粉に大豆の呉汁を練り込んだそば。手間がかかるため戦後一度廃れたが、平成に入り地元の研究会が製法を調べて復活させた。
- わんこそばWanko Soba岩手県 花巻市岩手県花巻市に伝わる、一口大のそばを次々におかわりする食べ方。藩主にそばを椀で少しずつ振る舞ったのが由来とされる。
- 山都そばYamato Soba福島県 喜多方市山都町福島県喜多方市山都町に伝わる、つなぎを使わない十割そば。飯豊山からの伏流水と冷涼な気候がそば栽培に適し、昭和末期に地域おこしとしてブランド化された。
発祥の土地を特定しないもの20
- 茶そばCha Sobaそば粉の生地に抹茶や粉末の緑茶を練り込んだ変わりそば。うっすらとした緑色と茶葉の香りが加わる。文化文政期(1804〜30年)に柚子切りなどと並んで考案された、遊び心のあるそばの一つとされる。
- 挽きぐるみHikigurumiそばの実を、一番粉・二番粉といった段階に取り分けずまるごと挽く製法、またはその粉で打ったそば。殻に近い部分まで挽き込むため色が濃く、香りが強く出るとされる。更科粉とは対極の考え方の粉になるという。
- 田舎そばInaka Soba更科そばの対極に位置づけられる、太めで黒っぽくそばらしい味わいの濃いそば。「山家そば」とも呼ばれ、江戸風のそばに対する地方・農山村のそばという意味合いを持つとされる。幕末の江戸にも同名の店があったという。
- 十割そばJuwari Sobaそば粉と水だけで打ち、小麦粉などのつなぎを一切使わないそば。生粉打ちそばとも呼ばれる。生地がまとまりにくく切れやすいぶん打ち手の技術が問われるが、そば本来の香りと風味が薄まらずに出るとされる。
- かけそばKake Soba茹でたそばに直接つゆを注いで食べる、種物の基本形。室町期の文献にはつゆをつけずに直接かける食べ方への戒めが見られ、これが「ぶっかけ」の始まりとされる。江戸後期には男性的な食べ方として広まったという。
- 鴨南蛮Kamo Nanbanかけそばに鴨肉とねぎをのせた種物。文化年間(1804〜18年)、江戸馬喰町の「笹屋」が最初に商品化したというのが定説とされる。「南蛮」はねぎを好んだ南方の人々を指す江戸時代の呼び名に由来するという。
- 変わりそばKawari Sobaそば粉の生地に茶や卵、山菜など別の材料を練り込んで香りや色を添えたそば。色が鮮やかなものはとくに「色物」と呼んで区別するという。江戸時代の玉子蕎麦切りが最も古い例とされ、文化文政期に遊び心のあるそばとして広まった。
- もりそばとざるそばMori Soba and Zaru Soba茹でて冷水で締めたそばをつゆにつけて食べる、冷たいそばの基本形。「もり」はつゆをかけずつける食べ方を区別する呼び名として広まり、「ざる」はそれより古く、竹ざるに盛ったことに由来するとされる。今は海苔の有無が主な違いという。
- 二八そばNihachi Sobaそば粉八割・小麦粉二割の配合、あるいは「江戸流のそば」を指すとされる呼び名。享保年間にそば史に登場したとされるが、二八の由来には代価説と配合説があり、いまも結論は出ていないという。
- 更科系Sarashina-kei江戸から続くそば屋の系統の一つ。寛政元年(1789年)、信州出身の初代が江戸麻布永坂町に「信州更科蕎麦所 布屋太兵衛」の看板を掲げたのが始まりとされる。白いさらしなそばと、彩り豊かな変わりそばを看板商品としてきたという。
- 更科そばSarashina Sobaそばの実の中心部だけを挽いた白い「更科粉(一番粉)」で打つそば。甘皮や殻を含まないため色が薄く、そばともそうめんとも違う独特の舌触りになるとされる。江戸中期の文献に初めて登場した高級な粉だという。
- そばがきSobagakiそば粉を熱湯で練った、麺にしないそばの食べ方。醤油やわさび、つゆなどをつけてそのまま食べる。麺の形に切る「そば切り」が広まる以前は、そばといえばこの練った形が主流だったと語られる。
- そば湯Sobayuもりそばを食べ終えたあと、残ったつゆに加えて飲む、そばの茹で汁。信州で始まった風習が江戸中期の寛延(1748〜51年)ごろに江戸へ広まったとされる。そばのタンパク質の約半分が溶け出ているという。
- 外二Sotoni二八そばの配合の数え方の一つ。そば粉十に対して小麦粉二を外側から足す考え方で、そば粉八・小麦粉二を最初から合わせる「内二」と区別される。同じ二八でも、打ち場での計算のしやすさが選び分けの理由とされる。
- 砂場系Sunaba-kei江戸から続くそば屋の系統の一つ。名の由来は天正11年(1583年)、大坂城築城の資材置き場「砂場」にあったそば屋にさかのぼるとされる。徳川の世になって江戸へ移り、細く長くつながる喉ごしを持ち味とする系統として広まったという。
- 天ぷらそばTenpura Sobaかけそばに天ぷらをのせた種物。文政10年(1827年)の川柳に詠まれており、少なくともそれ以前からそば屋で売られていたとされる。江戸時代は芝海老の天ぷらが主流で、昭和以降は車海老が主流になったという。
- とろろそばTororo Sobaすりおろした山の芋をもり汁でのばしたとろろをかけて食べるそば。江戸時代の『蕎麦全書』(1751年)には、山の芋をつなぎとして使う工夫も紹介されている。冷たいそばが本筋とされ、温めると粘りが弱まるという。
- 年越しそばToshikoshi Soba大晦日の夜に食べる習慣のそば。「年取りそば」「大年そば」とも呼ばれる。細く長く伸びる形から長寿や家運の発展を願う説、切れやすさから一年の苦労を断ち切る説など、由来には複数の説があるとされる。
- 藪系Yabu-kei江戸から続くそば屋の系統の一つ。幕末に東京・根津の団子坂にあった「蔦屋」が周りを竹やぶに囲まれていたことから「藪そば」と通称され、それが屋号として定着したとされる。二八の配合を基本とするという。
- 柚子切りYuzukiriそば粉の生地に柚子の皮をすりおろして練り込んだ変わりそば。柚子の香りがそばの香りに重なるのが持ち味とされる。文化文政期(1804〜30年)に茶そばなどと並んで考案された、遊び心のあるそばの一つという。
食べに行く前に
チェーンの味の元になった料理
全国チェーンの味は、特定の土地の料理がもとになっているとされます。チェーン名から元の料理を見られます。
富士そばの濃口のつゆと立ち食いの業態は、江戸から続く、かえしを効かせた関東のそば文化を、駅前や繁華街で手早く食べられる形にして広めたものとされる。
ゆで太郎の「挽きたて・打ちたて・茂でたて」を掛げる自家製麦は、江戸から続く二八そばの製法を、駅前の立ち食い業態でも守ろうとしたものとされる。
小諸そばの店名は長野県小諸市に由来するが、店自体は東京で生まれた立ち食いそばであり、更科そばに代表される江戸のそば文化と、信州の産地名を結びつけて広めたものとされる。
箱根そばの名は観光地・箱根に由来するが、店自体は新宿駅の駅そばとして生まれたもので、江戸から続く関東の立ち食いそば文化を沿線の駅で広めたものとされる。
いろり庵きらくの生莓麦とかき揚げは、江戸から続く関東の駅そば文化を、JR東日本の駅構内で自社製麦により今に伝えるものとされる。
そじ坤の自家製麦は、信州で製粉されたそば粉を使う点で、戸隠をはじめとする信州そばの系統を、庄屋風の店構えとともに全国の商業施設へ広めたものとされる。
家族中のそばは、江戸で発達したそば文化を、昆布と薄口醒油を効かせた関西のだし文化に合わせて提供してきたものとされる。
吉そば東京都の地域限定
吉そばの濃口のつゆは、江戸から続く関東のそば文化を、駅前の立ち食い業態で今に伝えるものとされる。