麺 ── そば
天ぷらそば
Tenpura Soba
かけそばに天ぷらをのせた種物。文政10年(1827年)の川柳に詠まれており、少なくともそれ以前からそば屋で売られていたとされる。江戸時代は芝海老の天ぷらが主流で、昭和以降は車海老が主流になったという。
系譜
何でできているか
かけそばに天ぷらをのせた種物とされる。江戸時代の記録『守貞謾稿』によれば、江戸前の海でとれる芝海老を三、四尾ほど油で揚げたものが定番だったという。衣がつゆを吸って崩れる食感の変化も、天ぷらそばならではの楽しみとされる。今もそば屋の看板品書きの一つに数えられているとされ、揚げたてを供する店の手際が味の決め手になるという。
どう作るのか
かけそばのつゆに、揚げたての天ぷらをそのままのせて仕上げる。衣がつゆを吸ってふやけるのを味わう食べ方が本来とされ、天ぷらを別皿で添える店もあるという。あられや花巻、しっぽく、玉子とじなど、天ぷら以外の種物も江戸時代から存在したが、天ぷらそばほどの人気には至らなかったとされる。衣の厚みや揚げ加減も、店ごとの個性が出る部分だという。
なぜこの形になったのか
文政10年(1827年)の川柳に「沢蔵主天麩羅蕎麦が御意に入り」と詠まれており、少なくともそれ以前からそば屋で天ぷらそばが売られていたことがうかがえるという。当時は東京湾でとれる芝海老が使われたが、昭和以降に芝海老の漁獲が激減したことから、車海老が主流の具材になったと伝わる。海の恵みの移り変わりが、そのまま一杯の中身に表れているといえる。