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麺 ── そば

二八そば

Nihachi Soba

そば粉八割・小麦粉二割の配合、あるいは「江戸流のそば」を指すとされる呼び名。享保年間にそば史に登場したとされるが、二八の由来には代価説と配合説があり、いまも結論は出ていないという。

系譜

二八そば外二

何でできているか

そば粉八割に小麦粉二割を合わせた配合とされる。小麦粉のグルテンが生地をつなぎ、十割よりも扱いやすく切れにくい生地になるという。喉ごしのよさとそばの香りとのバランスが取れた配合として、そば屋の標準的な品書きに使われてきたとされる。つなぎの分量が少ないぶん、そば粉の風味は残しつつ、麺としてのまとまりも両立できる落としどころとして選ばれてきたと語られる。

どう作るのか

そば粉と小麦粉を八対二の割合で合わせ、水を加えてこね、延ばして細く切る。つなぎのおかげで生地がまとまりやすく、十割に比べて打ちやすいとされる一方、配合の数え方には「内二」と「外二」の二通りがあり、そば粉十に対して小麦粉二を外側から足すか、そば粉八に対して二を数えるかで、同じ二八でも計算の道筋が違うという。

なぜこの形になったのか

「二八」の由来をめぐっては江戸時代から議論が続いているとされる。一つは、江戸後期にそば一杯が十六文だった時期があり、掛け算の「二八十六」にかけた代価説。もう一つは配合そのものを示すという説である。ただし享保年間のそばの値段は七、八文だったとされ、代価説には時期のずれがあるという。配合割合説が実際に機能したのは、そばの値段が十六文を超えた慶応年間以降とされる。

食べに行く前に

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本場

  • 東京都 千代田区神田 本場

    江戸前そばの御三家の一つ「藪」の総本家が明治13年の創業以来のれんを掲げる土地で、そば粉八割・小麦粉二割の二八を伝統としてきたとされるため。

  • 東京都 港区虎ノ門 本場

    江戸前そばの御三家の一つ「砂場」の暖簾を明治5年の創業以来伝える土地で、同じ江戸流の二八そばの系譜に連なる老舗があるため。

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