土地
東京都
55件
●生まれた料理 47件(油そば、味付け海苔、穴子寿司 ほか)・●育てる食材 2件(東京しゃも、TOKYO X)・●仕込む 6件(浅草の七味、べったら漬け、江戸甘味噌 ほか)・○本場 8件
この土地で生まれた47
- 油そばAbura Soba醤油・味噌・塩・豚骨以外スープを張らず、丼の底にためた醤油だれとごま油を麺にからめて食べる。武蔵野地区の店が昭和30年代に売り出したのが始まりと伝わり、酢とラー油を足して味を変えながら食べ進める。
- 味付け海苔Ajitsuke Nori板海苔に醤油と砂糖ベースの味付けをして焼き上げた加工品で、明治期に京都行幸の土産として考案されたと伝わる。パリパリとした食感の中で味と香りが一気に広がり、とくに関西でよく使われる海苔の型という。
- 穴子寿司Anago Zushi甘辛く煮たあなごをシャリにのせ、煮詰めたツメを塗った江戸前ずしの定番ネタ。栄養豊かな川が流れ込む東京湾で育ったあなごは江戸の食文化を支えた魚のひとつで、ぬめりを取り除く下ごしらえに職人の技が問われるという。
- あんみつAnmitsu羊羹・寒天賽の目に切った寒天に、赤えんどう豆や餡、黒蜜をのせた甘味。もとは蜜と豆だけの「みつ豆」に、昭和初期の銀座の甘味処が自家製の餡をのせたのが始まりと伝わり、和菓子と喫茶文化が交わった型とされる。
- ちゃんこ鍋Chanko Nabe醤油・寄せ鍋系鶏肉や白菜、豆腐などを出汁でまとめて煮込む、相撲部屋発祥の鍋。明治期に始まったとされ、手をつくことが負けを連想させるとして牛や豚など四足の肉を避けてきたと伝わる。両国を中心に元力士が営む店で味が受け継がれている。
- 中華そばChuka Soba醤油だれに鶏や豚のだしを合わせたすっきりとしたスープに、細めの中華麺を合わせる型。1910年に浅草で創業した中国料理店が、東京の醤油ラーメンの草分けとされ、その屋号を継ぐように「中華そば」の名が今も使われているという。
- エビチリEbi Chiri殻をむいたえびを、豆板醤の辛さにケチャップの甘みを重ねたとろみあんで仕上げる料理。四川の「乾焼蝦仁」を、四川出身の料理人が日本人向けに辛さを和らげて考案したと伝わる。
- エビマヨピザEbi Mayo Pizaピザ海老にマヨネーズソースを絡めたピザ。1987年開業の国内資本の宅配ピザチェーンが、テリヤキチキンと並んで世界に先駆けて考案したトッピングの一つと伝わる。看板トッピングの一つとして扱われてきたという。
- そばEdo Sobaそば粉に水とつなぎを加えてこねた麺を、もり・かけで食べる東京のそば文化。「砂場」「更科」「藪」の三系統が江戸そば御三家として知られ、麺の色合いがそれぞれ異なるという。大晦日の年越しそばなど、縁起を担ぐ食べ方も広く根づいている。
- お雑煮Ozoni焼いた角餅に鶏肉や小松菜などを添え、昆布とかつお節のすまし汁をかける東京の雑煮。元は味噌仕立てだったが、下総の野田や銚子で醤油づくりが盛んになった元禄期以降、濃口醤油のすまし汁に変わったと伝わる。
- 江戸前寿司Edomae-zushi文政期の江戸で屋台の立ち食いとして生まれた握り。マグロの漬け、コハダの酢締め、アナゴを煮てツメを塗る——保存の工夫がそのまま「仕事」と呼ばれる技になった。
- 深川丼Fukagawa-don生アサリとネギを味噌で煮て汁ごと飯にかけた深川の丼。江戸時代、アサリやハマグリの宝庫だった深川浦の漁師町で、忙しい漁師が手早く食べられる形として生まれたとされる。
- 軍艦巻きGunkan-maki握った酢飯の側面を海苔で囲み、崩れやすいネタを盛る寿司の型。昭和15年、銀座のすし店が考案したとされ、その姿が軍艦の形に似ることからその名がついたと今に伝わっている。
- 八王子ラーメンHachioji Ramen醤油刻み玉ねぎを浮かべた醤油スープ。表面の油が玉ねぎの甘みを引き出す。
- ハヤシライスHayashi Raisuライス薄切り牛肉と玉ねぎをデミグラス風ソースで煮込み、ご飯にかける洋食。丸善創業者・早矢仕有的が友人に振る舞った料理が由来とされ、命名には諸説あるという。カレーライスと並んで語られることが多い一皿である。
- 回鍋肉Hoikoro豚肉とキャベツを甜麺醤ベースの甘辛いたれで炒め合わせる料理。本場四川ではにんにくの茎などの葉野菜を使うが、日本では手に入りやすいキャベツに置き換わり、独自の型として広まったとされる。
- いもようかんImo Youkan蒸してつぶしたさつまいもに砂糖を加え、練り上げてようかん状にした和菓子。高価だった練りようかんの代わりにと、浅草の芋問屋と菓子職人が明治期に考案したと伝わり、庶民に手が届く甘味として親しまれてきた。
- 深大寺そばJindaiji Soba東京都調布市の深大寺で、小作人が寺に納めたそば粉を寺が来客にふるまったのが始まりとされる。江戸時代には将軍家にも献上された。
- 治助芋のネギ味噌Jisuke Imo no Negi Miso奥多摩町小河内地区で100年以上前から育てられてきた治助芋を蒸し、ねぎとかつお節を混ぜたねぎ味噌を添える料理。山梨から嫁いだ女性が持参した芋を治助という人物が持ち帰ったことが名の由来と伝わる、稲作に向かない土地の食材。
- 雷おこしKaminari Okoshi干菓子蒸して乾燥させた米を炒って膨らませ、水飴や砂糖で固めた干菓子。寛政七年に浅草寺の雷門が再建された際、名物として売り出されたのが始まりと伝わり、浅草の門前菓子として定着したとされる。
- かんぴょう巻きKanpyo Maki甘辛く煮付けたかんぴょうを芯に、酢飯と焼きのりで巻いた江戸前ずしの定番。品川・大森でのり養殖が広まり、浅草紙の製法を応用した焼きのりが「浅草のり」と呼ばれたことで、庶民ものり巻きをつくれるようになったと伝わる。
- カツカレーKatsu Kareeライスカレーライスに揚げたてのカツレツをのせた洋食。昭和22年開業の銀座の洋食店が、自慢のカレーソースにカツを合わせたのが始まりと伝わる。福神漬けを添えるのが定番とされる。
- きんぴらKinpira千切りのごぼうとにんじんを油で炒め、砂糖と醤油、唐辛子で仕上げる惣菜。江戸東京野菜の滝野川ごぼうが名産だった北区滝野川にちなみ、ごぼうの歯ごたえを浄瑠璃の勇ましい主人公・坂田金平になぞらえて名づけられたと伝わる。
- 串だんごKushi Dango上新粉と白玉粉をこねて丸めただんごを茹で、あんやみたらしだれ、きな粉をつけて食べる串団子。柴又帝釈天の門前が名所として知られ、東京では一串4つ刺しが主流で、関西の5つ刺しとは数が異なると伝わる。
- 麻婆豆腐Mabo Dofu豆腐と挽き肉を、豆板醤や甜麺醤で辛みと甘みをつけたとろみあんで煮込む料理。本場四川の花椒の痺れる辛さを控え、牛肉を豚肉に置き換えるなど、四川出身の料理人が日本人向けに作り替えたと伝わる。
- もんじゃ焼きMonjayakiゆるく水で溶いた小麦粉に具材を混ぜて鉄板で焼き、めいめいの小さなヘラで熱々をすくって食べる東京・月島の料理。子どもが鉄板に文字を書いて遊んだ「文字焼き」がなまって名がついたとされる。
- 武蔵野うどんMusashino Udon水が乏しい武蔵野台地で米の代わりに小麦が栽培され、冠婚葬祭の振る舞いとして根付いたうどん。濃いめのしょうゆだれの肉汁につけて食べる。
- ねぎま鍋Negima Nabe醤油・寄せ鍋系ぶつ切りのまぐろとねぎを醤油だれでさっと煮る、江戸生まれの小鍋料理。今は高値のトロも江戸時代は日持ちしない下品な部位とされ、痛みやすい脂身を火にかけて食べる工夫から生まれたと伝わる。焼き鳥の「ねぎま」はこの鍋の名を受け継いだ料理とされる。
- のしこみうどんNoshikomi Udon東京都奥多摩町に伝わる、煮干しとしいたけのだしに酒・塩・醤油で味をつけた汁にうどんを入れて煮込む料理という。山仕事から戻った男性に手早く出す食事として根づいたとされる。
- 荻窪ラーメンOgikubo Ramen醤油鰹節や煮干しの和風だしに濃口醤油だれを合わせた、澄んだ琥珀色のスープが特徴。そば屋からの転業組が多かったといい、和風だしの技術がそのままラーメンに持ち込まれたと伝わる。中細のまっすぐな麺が軽やかにスープを持ち上げる。
- おくたまワサビのTOKYO-X巻きOkutama Wasabi no TOKYO-X Makiすりおろした後に残る奥多摩わさびの根を刻んで豚肉(TOKYO X)で巻き、醤油とみりんで焼き上げる料理。2011年の料理コンクールで最優秀賞を受け、地元の食材活用グループが考案した奥多摩の新しい郷土食と伝わる。
- 親子丼Oyakodon鶏もも肉と玉ねぎを甘辛い割り下で煮て卵でふんわりとじ、飯にのせた丼。日本橋人形町の軍鶏料理店で、鶏すきの締めに残った肉と割り下を客が卵でとじて食べていたのが始まりとされる。
- ピザトーストPiza Toosutoピザ厚切りパンにピザソースと具材、チーズをのせて焼いた喫茶店の定番。手間のかかるピザ生地の代わりにパンを使う発想から、昭和39年に考案されたと伝わる。トースターだけで作れる手軽さも支持されている。
- 桜もちSakura Mochi小麦粉の生地を薄く焼いてこしあんを包み、塩漬けの桜の葉で巻いた和菓子。長命寺の門前に住んでいた男性が、隅田堤の落ち葉掃除から思いついたのが始まりと伝わり、花見客に喜ばれて名物になったという。
- 背脂ラーメンSeabura Ramen醤油醤油ラーメンのスープに刻んだ豚の背脂を細かく振りかけ、丼を最後まで熱く保つ。2000年前後の東京で広まったスタイルで、環状七号線沿いの店々が競い合う中で磨かれたと語られる。
- 島ずしShima Zushiタイやマグロなど伊豆諸島で獲れる魚を醤油だれに漬け、酢飯で握る八丈島の寿司。漁の途中で鮮度を保つ工夫が始まりとされ、ワサビが手に入りにくかったことから練りがらしや島唐辛子入りの醤油を使うなど島ごとに違いがある。
- しょっから汁Shokkara Jiruムロアジをミンチにして塩で1か月ほど発酵させた「しょっから」に、アシタバやサトイモなど島の野菜を加えて煮る汁物。御蔵島を中心に伊豆諸島に伝わり、伊豆大島では「えんばい汁」と呼ばれるという。
- すき焼き(関東風)Sukiyaki (Kanto-fu)割下・すき焼き系あらかじめ合わせた割り下で牛肉と野菜を煮ていくすき焼き。横浜や東京で広まった牛鍋の流れをくむとされ、肉を少し焼いてから割り下を注ぐ形が目安になる。関西風との分かれ目は、味を鍋の外で決めるか中で決めるかにある。
- 玉子焼きTamagoyaki卵にだし汁と砂糖を合わせ、焦げ目がつくほど厚く焼き上げる関東風の玉子焼き。だしを効かせて焦がさない関西のだし巻き玉子とは対照的で、王子の茶屋「扇屋」が江戸時代から手焼きの味を伝えているという。
- たらこスパゲッティTarako Supagettiパスタ茹でたスパゲッティにたらことバターを絡めた和風パスタ。昭和28年開業のスパゲッティ専門店が和風スパゲッティという系統を生み出し、そこから枝分かれしたとされる。喫茶店の定番としても広まった。
- 照り焼きチキンピザTeriyaki Chikin Pizaピザ照り焼き味の鶏肉にマヨネーズとコーン、海苔をのせたピザ。1987年開業の国内資本の宅配ピザチェーンが、世界に先駆けて考案したトッピングの一つと伝わる。宅配ピザの定番として長く支持されている。
- 東京ラーメンTokyo Ramen醤油鶏ガラと煮干しを軸にした醤油スープ。中華そばと呼ばれてきた、最も基本的な型。
- とんかつTonkatsu豚肉に衣をつけて揚げ、キャベツを添えた一皿。明治期に銀座で開業した洋食店がカツレツを手がけ、キャベツの千切りを添えるなどの工夫を重ねたと伝わる、洋食由来の代表格。
- つけ麺Tsukemen醤油太く弾力のある麺を、酸味と甘みをきかせた濃い醤油だれのつけ汁にくぐらせて食べる。中野の大勝軒で賄い料理として生まれ、麺を大盛りにして見栄えよく出したのが始まりと伝わる。
- 佃煮Tsukudani白魚やのり、貝など小さな魚介を醤油やみりん、砂糖で汁気がなくなるまで煮詰めた保存食。徳川家康が摂津国佃村から漁師を移住させた佃島にちなむ名で、紀州から伝わったたまり醤油を使ったことで貯蔵性が高まったと伝わる。
- うどの酢味噌和えUdo no Sumiso-ae光を当てずに地下の室で育てた東京うどを短冊に切り、さっと湯にくぐらせて酢味噌で和える料理。関東ローム層の地質が栽培に適したことから江戸東京野菜として定着し、独特の香りとあくの少なさが特徴と伝わる。
- 柳川鍋Yanagawa Nabe割下・すき焼き系開いたどじょうをささがきごぼうとともに割り下で煮て、溶き卵でとじる浅草発祥の鍋。丸ごと酒で酔わせて煮る「丸鍋」、骨を抜いて煮る「ぬき鍋」もあり、卵でとじる柳川鍋はあっさりとした仕上がりになるという。
この土地が育てる2
この土地が仕込む6
- 浅草の七味Asakusa shichimi1625年創業と伝わる、浅草・薬研堀に始まる七味唐辛子の元祖とされる店の調合。江戸有数の薬種問屋街だった土地柄から漢方の知識を活かした調合が生まれたとされ、好みに応じたその場調合でも知られる。
- べったら漬けBettara-zuke塩で下漬けした大根を米麹と砂糖で漬け込む、江戸のえびす講で売られた浅漬けが起源とされる漬物。麹の自然な甘さが身上で、日本橋の「べったら市」で今も親しまれている。
- 江戸甘味噌Edo amai miso三河の豆味噌の旨味と京都白味噌の甘さを兼ね備えるよう考案されたと伝わる、麹を贅沢に使う甘口味噌。熟成期間が短く日持ちしない新鮮さが江戸っ子に好まれたとされ、東京都地域特産品にも認証されている。
- 福神漬けFukujin-zuke大根やなす、れんこんなど7種の野菜を刻んで醤油だれに漬け込む、東京生まれと伝わる漬物。船の食堂でチャツネの代わりに使われたのが縁で、カレーライスに添えられる定番の一品としても知られている。
- 伊豆諸島の焼酎(島酒)Izu Shoto Shochu (Shima-zake)芋東京都の伊豆諸島で「島酒」とも呼ばれる芋焼酎。1853年に薩摩から流された人物が蒸留器とさつまいもの苗を持ち込んで伝えたとされ、米が乏しい島の事情から麦麹を使うのが特徴だという。
- こはだの粟づけKohada no Awazuke塩でしめて酢漬けにしたこはだを、クチナシで黄色く染めた蒸し粟と交互に重ねて漬ける正月料理。出世魚であるこはだを使うことで縁起を担ぎ、酢を強めにすることで重箱に詰めても日持ちするようにしたと伝わる。
この土地が本場8
- 握り寿司Nigiri-zushiすし飯に魚介などのネタをのせ、軽く握って形を整える寿司の型。今日「寿司」といえばこれを指すほど代表的な存在で、江戸時代後期に屋台料理として広まったとされている。江戸前の海(東京湾)で獲れた魚を仕事で仕立てる技法とともに屋台文化が根づいた地で、握りずしの発祥地とされる。
- 天ぷらTempura魚介や野菜に衣をつけて揚げた料理。16世紀にポルトガルから伝わった南蛮料理が原点とされ、江戸で発展した系統と長崎で根づいた系統とで、衣の作り方が大きく異なるとされる。菜種油の生産拡大と屋台文化を背景に、胡麻油でからりと揚げ天つゆで食べる江戸前式の天ぷらが発展したとされる。
- たくあんTakuan干した大根を米ぬかと塩で漬け込む、糠漬けの代表格とされる漬物。江戸初期の僧沢庵宗彭が考案または好んで食べたとの説が広く知られ、土地ごとの大根の性質に合わせた型が各地に残っている。辛みが強く少し苦い練馬大根が干し大根に向いていたため、江戸時代に契約農家がたくあん用の大根を仕込んでいた
- 天津飯Tenshinhan卵でとじたかに玉を白飯にのせ、酸味と甘みのある醤油あんをかけた丼。中国には対応する料理がなく、日本で生まれたとされる。発祥は東京・浅草説と大阪説が並び立ち、決着していない。1910年創業の来々軒に銀座「萬寿苑」から来た料理人が招かれ、戦後まもなく客の「早く食べられるものを」という求めに応じて、かに玉をご飯にのせ酢豚の餡を応用した甘酸っぱい醤油あんをかけたのが始まりという説が伝わる。
- 冷やし中華Hiyashi Chuka茹でた中華麺を冷水で締め、錦糸卵やハム、きゅうりを彩りよく並べて酢の効いたたれをかける夏の麺。中国の冷たい和え麺「涼拌麺」がヒントとされるが、酢醤油だれで食べる形は日本で独自に育ったという。神田神保町「揚子江菜館」の二代目主人が1933年(昭和8年)、近所の蕎麦屋の冷たい蕎麦に着想を得て200回以上試作を重ね、富士山と四季をかたどった彩りの「五色涼拌麺」を完成させたと伝わる。
- オムライスOmuraisuライスバターで炒めたケチャップライスを薄焼き卵で包んだ洋食。発祥は東京・銀座説と大阪説の両方があり、いずれも一人の常連客をもてなす賄いから生まれたと伝わる。卵の巻き方や仕上げのソースは店ごとに工夫が分かれるという。銀座では明治28年創業の洋食店が、カツレツなどのフライ料理とともにオムライスやハヤシライスも生み出し、日本で最初の洋食店と呼ばれるようになったと自らの沿革として伝えている。
- 二八そばNihachi Sobaそば粉八割・小麦粉二割の配合、あるいは「江戸流のそば」を指すとされる呼び名。享保年間にそば史に登場したとされるが、二八の由来には代価説と配合説があり、いまも結論は出ていないという。江戸前そばの御三家の一つ「藪」の総本家が明治13年の創業以来のれんを掲げる土地で、そば粉八割・小麦粉二割の二八を伝統としてきたとされるため。 江戸前そばの御三家の一つ「砂場」の暖簾を明治5年の創業以来伝える土地で、同じ江戸流の二八そばの系譜に連なる老舗があるため。
- 団子Dango餅・団子米粉を練って丸め、蒸すか茹でるかして作る素朴な菓子。団子の原型は縄文時代までさかのぼるとされ、木の実の粉を水で練って丸めたものが始まりという説がある。行事や祭礼の供え物として各地に根づいてきたと伝わる。江戸期の地誌『御府内備考』に、この坂のそばで団子を売る茶店があったと記され、坂の名も団子屋にちなむと伝わるなど、江戸の串団子文化を今に伝える土地とされる。
この土地の食体験
- 新大久保(コリアンタウン)食の街通年営業(定休日は店舗による)。週末は混み合いやすいので、時間に余裕を持って訪れてみてください
- 豊洲市場(見学と場外)市場と朝市見学者通路・飲食店エリアは営業日に利用可(休市日は市場の年間カレンダーによる)。マグロせり見学は事前予約が必要とされるので、訪れる前に確認してください
- 築地場外市場市場と朝市店舗ごとに営業日・営業時間が異なります(水曜・日曜・祝日を休みとする店が多いとされます)。早朝〜午前中が活気があることが多いようです
- 代々木公園の食のフェス祭りとフェス開催時期・内容は催しごとに異なります(公園自体は常時無料開園)。訪れる前に各催しの公式情報を確認してください