麺 ── そば
津軽そば
Tsugaru Soba
青森県弘前市に伝わる、そば粉に大豆の呉汁を練り込んだそば。手間がかかるため戦後一度廃れたが、平成に入り地元の研究会が製法を調べて復活させた。
- 発祥: 青森県弘前市
- 東京から北へ約550km
青森県弘前市
何でできているか
そば粉に、水に浸した大豆をすりつぶした「呉汁」を練り込む。小麦粉ではなく大豆でつなぐことで、たんぱく質を補った食べごたえのある生地になり、色もほんのり黄みがかる。噛むと大豆の風味がそばの香りにふわりと重なり、独特のこくを感じさせる。小麦粉を使わない津軽ならではの工夫として、地元でも珍しい部類のそばとされている。見た目にも他の郷土そばとは一線を画す色合いになる。
どう作るのか
大豆をすりつぶした呉汁をそばがきに混ぜ合わせ、生地を半日ほどねかせて熟成させてから打つ。ひと晩近く寝かせる工程を挟むことで粉と呉汁がなじみ、独特のこしと風味が出るとされる。この熟成の工程こそが津軽そばらしいこしと香りを生み出す核心とされ、手間のかかる工程を経てようやく一本の麺として仕立てられていく。焦らず時間をかける工程が、この麺の個性の核になっている。
なぜこの形になったのか
一説によると、米が年貢米として重視され庶民がそばを日常的に食べていた時代、栄養を補おうとたんぱく質豊富な大豆を使う製法が生まれたという。手間がかかるため戦後いったん姿を消したが、1990年代に地元の研究会「幻の津軽そば研究会」が文献や聞き取りを重ね、失われかけた製法を丹念に再現して今に伝えている。一度は途絶えた食文化が地道な調査で戻ってきた例といえる。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ青森県
- べこもちもち米粉とうるち米粉の生地を色付けし、棒状に組んで蒸すと切り口に模様が現れる。米が貴重だった下北地方で端午の節句のハレ食として食べられ、大間町を中心に柄が発展した。
- ひっつみこねた小麦粉の生地を手でちぎって鶏だし醤油の汁に入れ、人参やごぼうとともに煮込む。旧南部藩領だった青森県南東部から岩手県北中部にかけて伝わり、米が不作の年の主食代わりとされた。
- かっけそば粉を薄くのばして三角形に切り、大根や豆腐とだしで煮てにんにく味噌をつけて食べる。南部藩がそば切りを禁じたため、切れ端を三角に整えて食べたのが始まりと伝わる南部地方の料理。
- くじら汁塩漬けにしたクジラの脂身を湯通しして脂を落とし、大根や人参、じゃがいもとともに大鍋で煮込む。捕鯨基地があった八戸周辺に伝わる正月料理で、日を経るごとに味がなじむとされる。
- 豆しとぎ煮て潰した青大豆に米粉と砂糖を混ぜてこね、かまぼこ形に成形して切り分ける。米の代わりに大豆でかさ増しした南部地方の生菓子で、山の神や農神への年取りの供え物として作られてきた。
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