甘味 ── 和菓子
あんみつ
Anmitsu
賽の目に切った寒天に、赤えんどう豆や餡、黒蜜をのせた甘味。もとは蜜と豆だけの「みつ豆」に、昭和初期の銀座の甘味処が自家製の餡をのせたのが始まりと伝わり、和菓子と喫茶文化が交わった型とされる。
- 発祥: 東京都中央区
- 羊羹・寒天
東京都中央区
系譜
あんみつぜんざい
何でできているか
賽の目に切った寒天、茹でた赤えんどう豆、こしあん、求肥や果物を器に盛り合わせ、黒蜜や白蜜をかけて食べる甘味。寒天のつるりとした食感と、餡のねっとりとした甘さが層をなすのが身上とされる。求肥や白玉、フルーツを追加する変わり種が広がり、盛り合わせる具材の組み合わせそのものが店の個性になっているという。寒天は海藻から作られるため磯の香りがわずかに残ることもあり、これが風味の個性になっているという。
どう作るのか
寒天を煮溶かして型に流し、冷やし固めてから賽の目に切る。器に寒天、豆、餡、求肥や果物を盛り合わせ、食べる直前に黒蜜をかけて味をなじませる。具材の組み合わせは店によって幅があるという。赤えんどう豆の煮加減ひとつで皮の硬さと風味が変わり、豆だけを目当てに通う客もいるとされる。フルーツあんみつなど、缶詰の果物を盛り合わせに加えた昭和期の変わり種も広く定着しているとされる。
なぜこの形になったのか
一説によると、寒天と赤えんどう豆に蜜をかけただけの「みつ豆」が先にあり、昭和五年に銀座の甘味処が自家製のこしあんをのせて売り出したのが「あんみつ」の始まりと伝わる。餡をのせるという一工夫が加わったことで、涼を取る甘味と、餡を味わう和菓子の両方の性格を併せ持つ菓子になったとされる。甘味処の看板商品として、季節の果物を替えながら通年提供する店も多いとされる。
食べに行く前に
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