惣菜
治助芋のネギ味噌
Jisuke Imo no Negi Miso
奥多摩町小河内地区で100年以上前から育てられてきた治助芋を蒸し、ねぎとかつお節を混ぜたねぎ味噌を添える料理。山梨から嫁いだ女性が持参した芋を治助という人物が持ち帰ったことが名の由来と伝わる、稲作に向かない土地の食材。
- 発祥: 東京都奥多摩町
- 東京から西へ約60km
東京都奥多摩町
系譜
治助芋のネギ味噌おくたまワサビのTOKYO-X巻き
何でできているか
治助芋という奥多摩特産の芋を蒸し、ねぎとかつお節を混ぜたねぎ味噌をつけて食べる料理とされる。白い皮と白い肉が特徴で、味は濃厚で粘りが強く、煮崩れしにくいという。粘りのあるみっちりとした食感とねぎ味噌の香ばしさが調和する、奥多摩の暮らしに根ざした一品だといわれ、日常のおかずとして今も親しまれ続けている。
どう作るのか
治助芋は皮をむき、蒸す、煮る、焼くのいずれかで火を通してから、ねぎとかつお節を混ぜたねぎ味噌を添えて食べるとされる。冬には濡らした芋を屋外で一晩凍らせてから乾燥させ、粉にして芋団子をつくり、大豆と麦を炒って挽いた粉をまぶして食べることもあったといい、保存の知恵も同時に凝らされ、季節を問わず食べ継がれてきたとされる。
なぜこの形になったのか
稲作に向かない奥多摩の土地で、馬鈴薯の一種である治助芋が100年以上前から栽培され、食糧が乏しい時代の副菜として暮らしを支えてきたと伝わる。客人をもてなす際にもいんげんや昆布と煮て振る舞う習慣があったとされ、地域の暮らしに密着した食材として世代を超えてしっかりと根づき、今も各家庭でつくられ続けているという。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ東京都
- 油そばスープを張らず、丼の底にためた醤油だれとごま油を麺にからめて食べる。武蔵野地区の店が昭和30年代に売り出したのが始まりと伝わり、酢とラー油を足して味を変えながら食べ進める。
- 味付け海苔板海苔に醤油と砂糖ベースの味付けをして焼き上げた加工品で、明治期に京都行幸の土産として考案されたと伝わる。パリパリとした食感の中で味と香りが一気に広がり、とくに関西でよく使われる海苔の型という。
- 穴子寿司甘辛く煮たあなごをシャリにのせ、煮詰めたツメを塗った江戸前ずしの定番ネタ。栄養豊かな川が流れ込む東京湾で育ったあなごは江戸の食文化を支えた魚のひとつで、ぬめりを取り除く下ごしらえに職人の技が問われるという。
- あんみつ賽の目に切った寒天に、赤えんどう豆や餡、黒蜜をのせた甘味。もとは蜜と豆だけの「みつ豆」に、昭和初期の銀座の甘味処が自家製の餡をのせたのが始まりと伝わり、和菓子と喫茶文化が交わった型とされる。
- 浅草の七味1625年創業と伝わる、浅草・薬研堀に始まる七味唐辛子の元祖とされる店の調合。江戸有数の薬種問屋街だった土地柄から漢方の知識を活かした調合が生まれたとされ、好みに応じたその場調合でも知られる。
- べったら漬け塩で下漬けした大根を米麹と砂糖で漬け込む、江戸のえびす講で売られた浅漬けが起源とされる漬物。麹の自然な甘さが身上で、日本橋の「べったら市」で今も親しまれている。