ごはんもの
丼物
28種
丼物は、飯の上に具をのせて一つの器で食べる料理の総称で、うな丼や天丼のように江戸で屋台や出前の食べ方として広まったとされる型と、親子丼や牛丼のように明治以降の食材の変化から生まれた型がある。同じカツ丼でも、卵でとじる型と、福井・会津・駒ヶ根のようにソースをくぐらせる型に分かれるなど、土地ごとの型が残る料理でもある。ここでは丼の型と、それが生まれた土地の事情をたどる。
土地ごとの料理16
- 油麩丼Aburafu Don宮城県 登米市棒状にして揚げた油麩を、かつ丼のように甘辛い出汁で煮て卵でとじ、ご飯にのせた登米市の丼。豆腐店が保存の利く麩を考案したのが始まりで、地元旅館の女将が丼に仕立てたと伝わる。
- ソースカツ丼(会津)Aizu Sōsu Katsudon福島県 会津若松市とろみのある甘辛ソースをたっぷりかけた会津のソースカツ丼。由来は複数説あり定まっていないが、大正期の洋食文化を土台に、会津の日常の中で磨かれてきたとされる郷土の味である。
- デミかつ丼Demi Katsudon岡山県 岡山市揚げたてのとんかつに熱々のデミグラスソースをかけた岡山市発祥のご当地丼。東京のホテルの洋食に感動した老舗の創業者が考案したと伝わり、店ごとにトッピングが違うという。
- 深川丼Fukagawa-don東京都 江東区生アサリとネギを味噌で煮て汁ごと飯にかけた深川の丼。江戸時代、アサリやハマグリの宝庫だった深川浦の漁師町で、忙しい漁師が手早く食べられる形として生まれたとされる。
- ソースカツ丼(福井)Fukui Sōsu Katsudon福井県 福井市薄切りのとんかつをウスターソースにくぐらせ、白飯にのせた福井の丼。ドイツ仕込みのソースを大正期の東京で発表した料理人が福井に持ち帰り、店の味として受け継いできたとされる。
- ソースカツ丼Sosu Katsudon群馬県 桐生市鰻のたれにウスターソースを合わせたオリジナルソースにくぐらせた豚ヒレカツを、ご飯にのせた丼。織物業の街・桐生市で出前のごちそうとして広まり、県内各地に定着した。
- ひゅうが丼Hyuga-don大分県 津久見市マグロの赤身を、すりごまと卵黄を効かせた甘めの醤油だれに漬け、熱いごはんにのせる津久見市保戸島の漁師飯。船上で火を使わずすぐ食べられるようにと考案されたと伝わり、地域によっては「りゅうきゅう丼」とも呼ばれる。
- 勝手丼Katte-don北海道 釧路市市場で飯だけを買い、鮮魚店を回って選んだ刺身をのせて完成させる丼。釧路市の和商市場が発祥とされ、水揚げに近い市場だからこそ根づいた、自分だけの組み合わせを作れる食べ方とされる。
- ソースカツ丼(駒ヶ根)Komagane Sōsu Katsudon長野県 駒ヶ根市千切りキャベツの上に秘伝ソースをくぐらせたとんかつをのせる駒ヶ根の丼。昭和初期、喜楽の初代店主が当時流行り始めた洋食を見てソースかつ丼を考案したと地元で語り継がれている。
- 木の葉丼Konoha-don京都府 京都市細切りのかまぼこと甘辛いしいたけ、青ねぎを卵でとじた丼。京都をはじめ関西一円で長く親しまれ、卵の中に散った具材を木の葉に見立てた名づけと伝わる肉を使わない一杯である。
- もずく丼Mozuku Don沖縄県豚ひき肉ともずくを炒め合わせ、しょうがの搾り汁で海藻特有の香りを抑えてご飯にのせる。学校給食で親しまれたことから県内で広く知られるようになり、生産量のほとんどを担う沖縄県ならではのどんぶりとして定着した。
- 豚丼(帯広)Obihiro Butadon北海道 帯広市炭火焼きの豚肉にうなぎの蒲焼き風のタレをからめて飯にのせた帯広の丼。当時高価だったうなぎの代わりに、養豚が盛んだった十勝で入手しやすい豚肉を使ったのが始まりとされる。
- 親子丼Oyakodon東京都 中央区鶏もも肉と玉ねぎを甘辛い割り下で煮て卵でふんわりとじ、飯にのせた丼。日本橋人形町の軍鶏料理店で、鶏すきの締めに残った肉と割り下を客が卵でとじて食べていたのが始まりとされる。
- タレかつ丼Tare Katsudon新潟県 新潟市薄めのとんかつを甘辛い醤油だれにくぐらせてごはんにのせる新潟市発祥の丼。卵とじにせず、カツを2枚以上のせるのが特徴で、昭和初期に古町の洋食店から広まったと伝わる。
- うな丼Unadon茨城県 龍ケ崎市蒲焼きのうなぎをたれごと熱い飯にのせた丼。牛久沼の茶店で蒲焼きを丼飯にかぶせて船に持ち出した大久保今助の逸話が、今日の形につながったと龍ケ崎市に語り継がれている。
- かつ丼Katsudon山梨県 甲府市ごはんに千切りキャベツをのせ、揚げたてのとんかつをソースでいただく山梨のかつ丼。卵でとじる一般的なかつ丼は地元で「煮かつ丼」と呼ばれ別物とされ、甲府市の老舗そば店が発祥と伝わる。
発祥の土地を特定しないもの12
- 中華丼Chuka-don豚肉や野菜を炒めてとろみをつけた餡を白飯にかけた和製中華の丼。昭和3年の家庭料理本に記載があり、浅草の中華料理店が作ったという説も伝わる、具だくさんの一杯である。
- 牛丼Gyudon薄切りの牛肉と玉ねぎを甘辛い出汁で煮て、汁ごと飯にかけた丼。開港期の横浜で生まれた牛鍋が簡略化され、丼飯にかけられる形に変わっていったとみられており、今や全国区の日常食である。
- いくら丼Ikura-don醤油漬けにしたいくらをたっぷりと飯にのせた丼。いくらという呼び名は明治期にロシア語から伝わったとされ、大正時代から北海道を中心に日本各地で広く食べられるようになったとされる。
- 海鮮丼Kaisendon新鮮な魚介の刺身を丼飯に盛り合わせた料理。冷蔵・輸送技術が発達した戦後に各地へ広まったとされ、白飯と酢飯のどちらを使うか店や地域で分かれるなど、統一された型を持たない。発祥地は諸説あり、一説には北海道(函館・釧路)の食堂発祥ともいわれ、江戸前ちらし寿司から派生したとする見方もあるが、特定の起源地は定まっていない。
- カツ丼(卵とじ)Katsudon揚げたてのとんかつを玉ねぎと出汁で煮て卵でとじた丼。発祥には複数の説があり単一の発祥地は定まっていないが、大正期の洋食受容の中で形になったとされ、今も定番の丼として広く親しまれている。
- ねぎとろ丼Negitoro-donまぐろの中落ちをねぎと叩いて飯にのせた丼。骨や皮際に残る身を無駄にしない発想から生まれたとみられ、「中落ち丼」の別称も伝わる、とろりとした食感が持ち味の一杯である。
- 三色丼Sanshoku-don肉そぼろ・卵そぼろ・青菜を三色に分けて盛った丼。汁気が少なく傷みにくいことから弁当のおかずとしても重宝され、高たんぱく・低脂肪で彩りよく仕上がる一杯として紹介されている。
- しらす丼Shirasu-don生のしらすを飯にのせ、卵黄や薬味を添えて食べる丼。相模湾の湘南地域と駿河湾の静岡がともに主要な産地とされ、冷蔵技術の発展とともに生のまま食べる形が根づいたとされる。
- 玉子丼Tamago-donねぎやしいたけを甘辛く煮て卵でとじただけの丼。肉を抜いた親子丼とも卵とじ丼の原型とも見なされ、手早く作れる安価な一杯として蕎麦屋や定食屋で長く親しまれてきたとされる。
- 他人丼Tanindon牛肉や豚肉を玉ねぎとともに割り下で煮て卵でとじた丼。親子丼が鶏と卵という親子を収めるのに対し、卵と別種の肉を組み合わせることから「他人丼」と名づけられたとされる、味の濃い一杯である。
- 鉄火丼Tekkadonまぐろの赤身を酢飯にのせ、わさびを添えた丼。寿司ネタの赤身をそのまま酢飯にのせる簡略化から生まれたとみられ、江戸前寿司の系譜に連なる食べ方とされ、白飯を使うまぐろ丼とは区別される。
- 天丼Tendonエビや魚介の天ぷらを甘辛いたれにくぐらせ、飯にのせた丼。江戸時代の都市経済の中で丼という形が本格化し、天ぷらという単体の料理と飯とが結びついて成り立ったと業界団体は位置づけている。
食べに行く前に
チェーンの味の元になった料理
全国チェーンの味は、特定の土地の料理がもとになっているとされます。チェーン名から元の料理を見られます。
吉野家は東京・日本橋の魚河岸で働く人々に向けた牛めし屋として始まり、牛丼という食べ方を広めたとされる。
松屋はもともと東京・練馬で中華飯店として創業し、その後に牛めし・焼肉定食の店へ転換したとされる。中華丼は、その中華料理店としての出自と同じ系統の丼物にあたる。
すき家は横浜・鶴見で生まれ、牛丼を全国に広めたチェーンの一つとされる。
なか卯は大阪府茨木市の手作りうどん店として始まり、親子丼をメニューの柱に育てたとされる。
てんやは東京駅八重洲地下街で、天丼・天ぷらを手頃な価格のファストフードにすることを目指して始まったとされる。
かつやは神奈川県相模原市で生まれたとんかつ専門チェーンとされ、卵とじのカツ丼はとんかつをそのまま丼にした食べ方にあたる。
宇奈ととはうなぎの蒲焼を丼にした「うな丼」を専門に展開するチェーンとされる。鉄火丼は同じく一種類の具を主役に据えた丼物として、うな丼と系統を共有する。
東京チカラめしは東京・池袋で生まれ、牛肉を煮込む一般的な牛丼とは異なり鉄板で焼いて提供する点が特徴とされる。肉を鉄板で焼いて丼にする調理法は、北海道・帯広で生まれた豚丼と同じ系統の焼き物丼にあたる。
函太郎は北海道函館市の弁当屋を出発点に、海鮮丼と回転寿司を展開してきたとされる。いくら丼はその海鮮丼のうち、北海道で水揚げされる鮭の卵を主役にした一皿にあたる。
築地食堂源ちゃんは東京・築地/豊洲の市場流通を仕入れの軸とする食堂チェーンとされる。鉄火丼はその市場町で親しまれてきた、まぐろを主役にした丼にあたる。