肉 ── 和牛
熊野牛
Kumano Gyu
和歌山県南部・熊野地方で育つ黒毛和種。かつて農耕用の労働力として飼われていた土地柄で、昭和59年に食用牛として銘柄化され、三重県で肥育する生産者もいるという。紀北地方など生産地域は熊野に限らないとされる。
- 発祥: 和歌山県
- 東京から南西へ約460km
和歌山県
何でできているか
和歌山県南部・熊野地方で育つ黒毛和種。かつて農耕用の労働力として飼われていた土地柄で、昭和59年に食用牛として銘柄化された。三重県で肥育する生産者もいるとされ、紀北地方など生産地域は熊野に限らないという。労働力として鍛えられてきた体質を引き継ぐとされ、赤身は締まりがありながらも、噛むと肉の旨みがしっかりと広がる牛肉とされている。
どう作るのか
かつて田畑を耕す労働力として飼われていた牛を、昭和59年に食用牛として改めて銘柄化したという経緯を持つ。生産地域は熊野地方に限らず紀北地方にも広がり、三重県側で肥育する生産者もいるとされる。農耕用から食用への転換という出発点そのものが、他の古くからの食用ブランドとは異なる歴史を持つ牛肉になっている。三重県側で肥育する生産者もいるとされるように、和歌山県内に限らず紀伊半島の広い範囲で分業的に育てられている点も特徴という。
なぜこの形になったのか
一説によると、山がちで平地の少ない紀伊半島南部という地形が、牛を食肉ではなく農耕の労働力として長く飼う暮らしを育ててきたとされる。その役目が薄れた昭和59年になって初めて食用牛として銘柄化されたことが、熊野牛という名前の新しさを説明していると読める。生産地域が熊野に限らず広がっているのも、労働力としての牛が土地を越えて飼われていた名残とも考えられる。平地が少なく耕作に牛の力を借りる必要があった紀伊半島南部の暮らしが、結果として粗放的な環境で育つ丈夫な牛の系統を残してきたと読める。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
対比
同じ和歌山県
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