麺 ── ラーメン
水戸藩ラーメン
Mito-han Ramen
江戸時代に水戸藩主が食べたと伝わる汁麺を、平成に入って地元の製麺業者が再現した水戸市のご当地ラーメン。レンコン粉を練り込んだ麺と、五辛と呼ばれる薬味の組み合わせが特徴で、あっさりした醤油スープに漢方由来の発想が重なっている。
- 発祥: 茨城県水戸市
- 醤油
- 東京から北東へ約100km
茨城県水戸市
何でできているか
茶色く黒い点が散った麺は、小麦粉にレンコンの粉を練り込んで作られる。すすると麺の合間から土の香りがふっとよぎり、ふつうの中華麺とは違う喉ごしになる。仕上げにのるのはニラ・ラッキョウ・ネギ・ニンニク・ショウガをそろえた五辛と呼ばれる薬味で、肉としいたけが必ず添えられる。スープはあっさりとした醤油仕立てで、具よりも先に薬味の香りが鼻を突き、食べ進めるうちに麺の土の香りへと移っていく。
どう作るのか
基本は中華麺と同じ製法だが、練り込む粉にレンコンを加える点だけが違う。五辛は漢方医学の考えにもとづく組み合わせとされ、肉としいたけの取り合わせも陰陽五行の思想を映しているという。当時の記録には作り方の細部までは残っておらず、粉の配合や薬味の分量は平成に入ってから地元の製麺業者が試作を重ねて決めたと伝わる。今では県内数軒の飲食店で味わえるほか、土産用の乾麺としても販売されている。
なぜこの形になったのか
一説によると、水戸藩主・徳川光圀は明から亡命した儒学者に学び、外国の文化も進んで取り入れていたという。学んだ相手は日本の食文化にも通じていたとされ、麺を食べる習慣もその交流の中で伝わった可能性があると考えられている。1697年には隠居所で来客に汁麺をふるまった記録が残ると伝わる。300年近く後、バブル崩壊後の町おこしとして地元業者がこの記録を掘り起こし、レンコンと五辛という土地の記憶を麺の形に結び直した。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ茨城県
- 赤餅赤みを帯びたもろこし粉を湯で練り、だんご状にゆでてあんこやきなこをまぶす餅。稲や小麦が育ちにくい水害の多い地域で、もろこしだけが被害を免れたことから主食代わりに食べられてきた。
- あんこう鍋あんこうの身や皮、肝、胃袋などを野菜と煮る、茨城県北の冬の鍋。漁師が船上で食べたどぶ汁を、食べやすく仕上げたものとされる。味噌仕立てと醤油仕立てがある。旬は11月から3月ごろにあたる。
- あんこうの共酢ゆでたアンコウの身やヒレ、肝など複数の部位を、肝を練り込んだ酢味噌につけて食べる北部地域の冬の料理。西のフグ東のアンコウと並び称される茨城の冬の味覚として親しまれる。
- がりがりなます大根を「鬼おろし」という竹製のおろし器で粗くガリガリとすりおろし、酢漬けの魚と和えるなます。粗い食感が身上で、正月など人が集まる席でよく振る舞われてきた。ボラやコイが使われることもある。
- 五目いなりずし油揚げに、人参やごぼう、しいたけを混ぜ込んだ酢飯を詰めたいなりずし。笠間稲荷神社の門前町・笠間市では、そばやくるみも加えた華やかな具で古くから参詣客をもてなしてきたと伝わる。
- ごさい漬け塩漬けにして発酵させたイワシと大根を、柚子と唐辛子とともに漬け込む鹿行地域の冬の保存食。近年はイワシの水揚げが減り、代わりにサンマでつくられることが多くなっている。