麺
盛岡じゃじゃ麺
Morioka Jajamen
中国東北部の炸醤麺を参考に、屋台から始めた「白龍」の高階貫勝が作り上げたのが始まりとされる。茹でた麺に肉味噌・きゅうり・生姜・ねぎをのせ、混ぜて食べる。食べ終わりに卵を割り入れて出汁を注ぐ「ちーたんたん」も土地の食べ方として定着している。
- 発祥: 岩手県盛岡市
- 東京から北へ約460km
岩手県盛岡市
系譜
盛岡じゃじゃ麺盛岡冷麺
何でできているか
太い平打ちのゆで麺に、甜麺醤ベースの肉味噌、きゅうりの千切り、おろし生姜、刻んだ長ねぎをのせた汁なし麺。丼の底には少量のたれが沈み、具と麺を自分でよく混ぜてから味わうのが基本の形になっている。混ぜるほどに肉味噌のコクと生姜の香りが麺全体に回り、麺自体の弾力とあいまって独特の噛みごたえを生む。表面はつるりとしていても、中はもっちりとした密度がある。
どう作るのか
ゆでたての太い麺を丼に盛り、肉味噌と薬味を彩りよくのせて客自身が箸でよくかき混ぜて食べる。麺全体にたれが行き渡るまで混ぜるのがこつとされ、食べ終わりに丼に残った肉味噌とたれの中に卵を割り入れ、店が用意した温かい出汁を注いでもらう「ちーたんたん」で締めくくるのが、この土地に根づいた食べ方として定着している。一杯で二つの料理を味わえる構成になっている。
なぜこの形になったのか
中国東北部の炸醤麺を参考に、屋台から始めた「白龍」の高階貫勝が盛岡の舌に合わせて作り上げたのが始まりとされる。汁物のそばや冷麺が中心だった盛岡の食卓に、混ぜて食べる汁なし麺という新しい選択肢を持ち込んだことが、その独自性の核になっている。皿の底から味噌と麺を混ぜ上げ、最後は卓上の生卵と茹で汁で締めのスープにする——一皿で二度の食べ方を持つ構成も、この麺ならではとされる。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ岩手県
- 小豆ばっとう小麦粉を寝かせて幅広のうどん状に切り、ざらめで甘く煮た小豆汁に合わせる。建前や庭じまいの祝いに三陸沿岸地域で作られ、お盆の七日目に7回食べると無病息災とする風習も残る。
- へっちょこだんごたかきび粉やもちあわ粉など雑穀の団子の中央をへこませ、甘い小豆汁で煮る。「うきうきだんご」とも呼ばれ、収穫後の労をねぎらう「庭じまい」の行事食として、米が育ちにくい県北で作られてきた。
- ひなまんじゅう米粉の生地に食紅で色をつけ小豆あんを包み、木型や竹串で花や桃、うさぎなど30種以上の形に整える。花巻市大迫町のひな人形めぐりの風習とともに伝わり、桃の節句に「きりせんしょ」と共に供えられる。
- 氷頭なます鮭の頭の軟骨部分「氷頭」を薄くスライスし、塩をして酢でしめてから大根とにんじんのなますと和える。一尾からわずかしか取れない珍味とされ、宮古湾に鮭が遡上する三陸沿岸で正月料理として伝わる。
- 伝統餅料理あんこやずんだ、くるみ、納豆、雑煮など約300通りの食べ方がある餅料理の総称。仙台藩の命で月2回餅を搗いた風習が根付き、一関では年60回以上餅を食べる「餅暦」と、儀礼作法に則る「餅本膳」が今も残る。
- いもの子汁秋に旬を迎えるさといもを鶏肉や豆腐、大根、にんじんとともに醤油味で煮込む。さといも栽培に適した北上川流域の秋の味覚で、川岸に集まって鍋を囲む「芋煮会」が今も北上市二子地区で受け継がれている。