粉もの ── 粉もの
三原焼き
Mihara-yaki
広島県三原市のお好み焼きは、具に鶏モツを加える。養鶏が盛んだった土地柄から、麺やキャベツに加えてコリコリとした鶏の内臓が層に加わるとされ、噛むごとに違う食感が現れる。
- 発祥: 広島県三原市
- 東京から西へ約630km
広島県三原市
系譜
三原焼き
何でできているか
キャベツと豚肉、麺を重ねる基本の型に、コリコリとした鶏モツが加わるのが三原焼きの特徴とされる。砂肝やハツなど部位を刻んで加えることが多く、噛むとキャベツの甘みや麺のこしに、鶏モツ特有の弾力と旨みが重なるという。層の中に小さな歯ごたえが点在するため、一枚の中で食感の強弱がはっきり分かれる。
どう作るのか
生地とキャベツ、豚肉、麺を重ねて蒸し焼きにする工程は広島市内の作り方と共通するが、麺の上に刻んだ鶏モツを散らしてから焼き上げる点が異なるとされる。鶏モツは下処理として臭みを抜いておくことが多いといわれる。仕上げの卵とソースは通常の広島お好み焼きと変わらない。鶏モツの量や部位の組み合わせは店ごとに違いがあるという。
なぜこの形になったのか
三原市はかつて養鶏が盛んな土地であったとされ、身近な食材として鶏モツが手に入りやすかったことが、お好み焼きの具に取り入れられた理由と考えられている。同じ広島の重ね焼きでも、養鶏という地場産業が具材の選び方に直接反映された例といえ、内陸の稲作地帯や港町とはまた違う土地の事情を映しているとされる。養鶏の伝統は今も三原の食卓に息づいているといい、鶏モツの扱いや部位の選び方には店ごとの工夫が続いているとされる。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
源流
同じ広島県
- あなご飯かば焼きにしたあなごをそぎ切りにし、だしで炊いたご飯に敷き詰める宮島の一皿。速い潮流にもまれて脂がのる「瀬戸のあなご」を使い、明治34年に宮島口駅の駅弁として売られたのが始まりと伝わる。
- あずま酢でしめたママカリを、酢飯の代わりに味付けしたおからで握る沿岸部の寿司。米が貴重だった時代、手に入りやすいおからで代用したのが始まりとされ、祭りや正月に振る舞われてきた。
- 美酒鍋鶏肉や砂ずり、豚肉を塩こしょうと日本酒だけで仕立てた鍋。銘醸地・西条の杜氏が酒造りの合間に食べたまかない料理が始まりで、利き酒の邪魔をしない薄味が特徴と伝わる。
- 江波巻きご飯に広島菜漬けとかつおぶし、白ごまをあえ、焼きのりで巻いた江波地区ののり巻き。片手で漕ぎながら食べられるよう両端を閉じることもあり、のり漁師の船上食として広まったと伝わる。
- 府中焼き広島県府中市に伝わるお好み焼きの一種で、豚バラ肉の代わりに牛や豚のひき肉を生地に混ぜ込んで焼く。ひき肉が生地全体に広がるため、噛むたびに肉の旨みが感じられるとされる。
- がんす魚のすり身をパン粉で揚げた広島・呉の練り物。昭和20年代、蒲鉾製造で出るすり身の余りを活用する方法として考案されたとされ、揚げかまぼこにフライ衣をまとう独特の組み合わせを持つ、地元で長く愛される味である。