粉もの ── 粉もの
明石焼
Akashiyaki
小麦粉とじん粉、卵とだし汁を混ぜた生地でタコを包んで焼き、だし汁につけて食べる明石市の郷土料理。見た目はたこ焼きに似るが、ソースではなくだし汁につける点が大きな違いとされる。
- 発祥: 兵庫県明石市
- 東京から西へ約450km
兵庫県明石市
何でできているか
小麦粉とじん粉(小麦粉のでんぷんを精製した粉)を卵とだし汁で溶いた生地に、タコがまるごと一つずつ入る。じん粉は加熱しても硬くなりにくいとされ、たこ焼きよりも卵の分量が多いこともあって、ふわりと崩れるような柔らかい焼き上がりになるという。かつおと昆布のだし汁につけると、生地の卵の風味とだしの香りが重なる。
どう作るのか
タコを塩でもんでぬめりを取り、小麦粉とじん粉をだし汁で溶いた生地とともに、熱した銅鍋の丸いくぼみに流し込む。銅は熱の伝わりが均一だとされ、丸く整えながら破れないよう丁寧にひっくり返して焼き上げる。仕上げにソースをかけるたこ焼きとは異なり、温かいまたは冷たいだし汁につけて食べるのが明石焼き独自の流儀とされる。
なぜこの形になったのか
江戸末期から大正期、明石では装飾品「明石玉」の生産が盛んで、白身を使う明石玉づくりの過程で余った卵の黄身と、目の前の海で捕れるタコを混ぜ合わせたのが始まりではないかといわれる。ソースではなくだし汁につける食べ方が残ったのも、この地場産業の副産物として生まれた経緯を映しているとされる。名称は昭和63年頃、市の職員がPRのためにつけたもので、それまでは「玉子焼」と呼ばれていたという。だし汁につける食べ方だけは、その頃も今も変わらないとされる。
食べに行く前に
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