鍋・汁もの
船場汁
Semba Jiru
塩鯖のあらと大根を昆布出汁で煮て塩で味をととのえる潮汁。「船場煮」とも呼ばれ、奉公人を多く抱えた問屋街・船場の質素な商家料理として、魚の身をとった後のあらまで無駄なく使ったと伝わる。
- 発祥: 大阪府大阪市
- 東京から西へ約400km
大阪府大阪市
何でできているか
塩鯖のあらと大根を煮た、船場で親しまれてきた潮汁とされる。鯖のだしが染み出た汁は上品な味わいで、魚の頭や骨まで余さず使い切る発想から生まれた一品とされる。船場煮とも呼ばれ、魚のあらまで余さず利用する大阪らしい始末の料理とされ、船場は明治から大正にかけて大阪の商業の中心地として賑わった問屋街だったという。上品な味わいのだしが、日々の食卓に重宝されてきたとされる。
どう作るのか
昆布のだし汁で鯖の骨と大根を煮て、塩で味をととのえ薬味にネギを添える。元は塩鯖のあらの塩気とだしをそのまま生かしていたが、近年は新鮮な鯖の切身で代用し、仕上げに酢や醤油を加えることもあるという。現在も日常食として家庭で楽しまれるほか、市中の定食屋などでも提供され、鯖が旬を迎える秋や、汁物が恋しくなる冬に好んで食されるとされる。
なぜこの形になったのか
明治から大正にかけて大阪商業の中心地として栄えた船場では、商家の奉公人の食事は質素で、月に数回だけ塩鯖などの魚が食膳にのぼったと伝わる。朝夕は茶漬けと漬物、昼は一汁一菜というごく質素な食生活の中で、月2回だけ魚が並んだとされる。身をとったあとの頭や骨まで使い切ってだしをとることで、経済的かつ時間をかけずにつくれる日常食として定着したと考えられ、多くの奉公人を抱えた忙しい商家で重宝されたとされる。
食べに行く前に
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対比
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- あかねこ蒸したもち米と小麦粉をついた餅に砂糖ときな粉をまぶす「半夏生もち」。田植えを終えた感謝と豊作祈願で食べられ、皮ごと挽いた小麦粉で餅が褐色になり、猫の丸い背中に似ることから名がついたと伝わる。
- バッテラ薄切りの〆鯖と白板昆布を木枠で押し固める箱寿司。南船場の「寿司常」が明治24年に考案し、当初使ったコノシロの寿司の形が小舟に似ていたことからポルトガル語で小舟を意味する名がついたと伝わる。
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- 紅ずいきと油揚げの炊いたん背丈2mにもなる赤褐色のずいき「紅ずいき」を酢水でアク抜きし、油揚げと出汁・醤油で煮含める夏のおばんざい。スポンジ状の断面が味をよく含み、大阪府の「なにわ特産品」にも選ばれているという。
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