ごはんもの
魚飯
Gyohan
焼いてほぐした白身魚と錦糸卵、えびなどをご飯に盛り、その骨でとっただしをかけて食べる竹原の料理。塩田で栄えた町の「浜旦那」がもてなしに用いた膳が、途絶えかけたのち文献で再現されたと伝わる。
- 発祥: 広島県竹原市
- 東京から西へ約640km
広島県竹原市
何でできているか
焼いてほぐした白身魚と錦糸卵、三つ葉、しいたけ、えび、のり、たけのこなどの彩りの良い具材をご飯にのせ、魚の骨でとった汁をかけて食べる一品とされる。塩田で栄えた竹原の「浜旦那」と呼ばれる富裕層が、おもてなしの料理として好んで食べていたと伝わる。手間のかかる見た目にも華やかな一皿とされる。塩田が栄えた歴史とともに一度は廃れかけたが、地元の会によって再現され今に伝わっているという。
どう作るのか
尾頭付きの白身魚を焼いて身をほぐす。錦糸卵、三つ葉、しいたけ、えび、のり、たけのこなど旬の食材を下調理し、魚の身とともにご飯にのせる。白身魚の骨でとっただしに薄口しょうゆ、みりん、酒、塩で薄く味をつけ、食べる直前にかける。旬の食材を彩りよく盛り付けることが、この料理の見た目の華やかさを支えているとされる。
なぜこの形になったのか
竹原市は江戸時代に干拓されて塩田がつくられ、「塩の町」として長く栄えたとされる。塩田の持ち主である浜旦那が祭事やもてなしの料理として好んで食べていたが、塩田の廃止とともに一度は姿を消しかけたという。昭和54年の新聞記事をきっかけに地元の会によって再現され、飲食店で再び食べられるようになったと伝わる。
食べに行く前に
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