麺
瓦そば
Kawara Soba
明治10年(1877年)の西南戦争で薩軍の兵士が瓦で野草や肉を焼いて食べたという言い伝えを、川棚温泉の旅館経営者が昭和37年(1962年)頃にヒントとして料理化した。熱した瓦の上に茶そば・牛肉・錦糸卵を彩りよく盛り付け、薬味と特製だれで食べる。
- 発祥: 山口県下関市
- 東京から西へ約810km
山口県下関市
何でできているか
抹茶を練り込んだ緑色の茶そばに、薄切りの牛肉と甘辛いたれ、錦糸卵を彩りよくのせ、もみじおろしと小口ねぎの薬味を添えた一皿。麺は瓦の熱で下側の縁がぱりっと焼け、上に盛られた麺はやわらかいまま残り、香ばしさと茶葉の香りが立ち上る。つけだれに一口ずつくぐらせて食べると、緑・赤・黄の彩りが目にも楽しい、川棚温泉らしいもてなしの一皿になる。皿越しに伝わる温かさも味わいの一部。
どう作るのか
熱した瓦の上に茶そばを敷き詰め、味付けした牛肉と錦糸卵を彩りよく盛り付けて供する。瓦の余熱が下から麺をじわじわと焼き続けるため、底に触れた麺は焼きそばのようにぱりっと、上側の麺はやわらかいままという食感の対比が生まれる。熱いつけだれに麺をくぐらせ、もみじおろしと小口ねぎを加えて味を変えながら食べ進める。瓦は熱を蓄える性質が強く、食べ終わる頃までじんわりと熱を保ち続ける。
なぜこの形になったのか
明治10年(1877年)の西南戦争で薩軍の兵士が瓦の上で野草や肉を焼いて食べたという言い伝えを、川棚温泉の旅館経営者が昭和37年(1962年)頃にヒントとして料理化したと伝わる。長く熱を保つ瓦を器に選んだ発想は、湯治客に出す一皿を食べ終わるまで冷めさせない工夫として読める。湯につかった後の体を冷やさないという、温泉地らしい心配りが器の選び方にまで及んだ形といえる。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ山口県
- チキンチキンごぼう一口大の鶏の唐揚げと素揚げごぼうを甘辛いたれで絡める学校給食発の一皿。1995年ごろ、家庭のレシピを募って栄養教諭が考案したとされ、口ずさみやすい名前とともに県民食として広まったと伝わる。
- ちしゃなます下関の伝統野菜「かきちしゃ」をちぎり、酢みそやほぐした焼き魚、しらすであえる料理。関ヶ原の戦い後、困窮した毛利の人々が考案したと伝わり、「ちしゃもみ」の名でも親しまれている。
- 長州黒かしわ山口・島根両県原産で国の天然記念物とされる黒柏鶏の血を生かして山口県の試験場が開発した地鶏をもとに、養鶏場が仕上げて名付けたとされる。80〜100日ほど平飼いで育てられるという。
- ふぐの唐揚げしょうゆや酒で下味をつけたふぐを片栗粉で揚げる下関・萩の家庭料理。刺身や鍋には高級なトラフグが使われる一方、唐揚げには安価なシロサバフグが使われることが多いと伝わる。
- ふく刺し透けるほど薄く切ったふぐの刺身を菊の花のように盛り付ける下関の一皿。福を呼ぶ意味で「ふぐ」を「ふく」と呼び、ポン酢と薬味で食す。明治21年、下関でのみふぐ食が解禁されたのが始まりと伝わる。
- ごぼう巻きかまぼこ作りで残るエソの皮をごぼうに巻きつけ、たれにつけて焼く萩の一品。焼き抜きかまぼこの高級魚エソを使うため、水産加工会社がかまぼこと一緒に作ることが多く、祭りや花見の弁当に欠かせないと伝わる。