ごはんもの
はらこ飯
Harako Meshi
サケの煮汁で炊いたご飯に、ほぐした身と煮汁にくぐらせたいくらをのせる亘理町の郷土食。阿武隈川を遡るサケを地引網で獲っていた漁師飯が、伊達政宗への献上を経て広まったと伝わる。
- 発祥: 宮城県亘理町
- 東京から北へ約280km
宮城県亘理町
系譜
はらこ飯仙台雑煮
何でできているか
サケの煮汁で炊いたご飯に、ほぐした身と煮汁にくぐらせたいくらをのせた秋の味覚。ふっくらと炊けたご飯にはサケのうまみがしみわたり、口の中でいくらがはじけると塩気とコクが広がるという。彩りに三つ葉を添えることが多く、見た目にも秋らしい華やかさを持つ丼もの。汁物や漬物とともに出されることが多く、大きめの茶碗に山盛りに盛るのが好まれるという。
どう作るのか
サケを煮て身をほぐし、その煮汁で米を炊き込む。いくらは煮汁にくぐらせて下味をつけておく。炊き上がったご飯を丼や茶碗に盛り、ほぐした身といくらをのせ、彩りに三つ葉を添えて仕上げる。かつてはすべてを混ぜ合わせた混ぜご飯だったとも伝わり、家庭ごとに米の炊き方や味付けに違いがあり、それぞれの味に自負を持っているという。
なぜこの形になったのか
北上川や阿武隈川など、秋にサケが産卵のために遡上する河川に恵まれた土地であることが、この料理を育てた背景にあると考えられる。地引網でサケを獲ってきた漁師の食事として親しまれてきた歴史に加え、稲作が盛んな土地で米との組み合わせが自然に定着したことも理由の一つと伝わる。家庭ごとに味付けを競い合う気風も、いまに息づいているという。地元の秋祭りではサケのアラ汁とともに供されることもあるという。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ宮城県
- 油麩丼棒状にして揚げた油麩を、かつ丼のように甘辛い出汁で煮て卵でとじ、ご飯にのせた登米市の丼。豆腐店が保存の利く麩を考案したのが始まりで、地元旅館の女将が丼に仕立てたと伝わる。
- あざら長く漬け込んで酸味の増した白菜の古漬けと、メヌケのあらを酒粕でじっくり煮込む気仙沼の料理。冷めても、翌日煮返してもうまみが増すと伝わる、庶民に親しまれてきた一皿。
- ばっけ味噌春先に摘んだふきのとう(方言で「ばっけ」)を茹でて刻み、くるみや味噌と練り合わせた常備菜。冬にたまった体の毒を出すとして好まれ、温かいご飯や焼き魚に添えて食べると伝わる。
- どんこ汁石巻港や気仙沼港で水揚げされるドンコを大根や豆腐とともに味噌で仕立てた冬の汁物。口が大きく尻がすぼまる姿から金運の縁起魚とされ、えびす講に神棚へ供える風習も伝わる。
- エビ餅田んぼの用水路や沼で獲れる沼エビを醤油と酒で調味し、つきたての餅に姿のまま絡めた栗原の餅料理。紅白の彩りが美しく、正月に来客をもてなす一皿として代々受け継がれてきたと伝わる。
- ふすべ餅素焼きにして囲炉裏でいぶしたドジョウを粉状にし、大根やごぼうと炒め煮にして醤油と唐辛子で仕上げた餡を、つきたての餅に絡める。海から遠い栗原の内陸ならではの餅料理と伝わる。