甘味 ── 和菓子
南部せんべい
Nanbu Senbei
小麦粉に塩と水を加え、丸い鉄型で焼いた厚みのある煎餅。冷害の多かった南部地方で米に頼らない保存食として各家庭で焼かれてきたと伝わり、青森・岩手の両県にまたがる郷土の味とされる。
- 発祥: 青森県八戸市
- 干菓子
- 東京から北へ約560km
青森県八戸市
何でできているか
小麦粉に塩と水を混ぜただけの生地を、丸い鉄製の型に挟んで焼いた厚みのある煎餅。うるち米を使う一般的な煎餅と違い、そば粉や大麦から広がった雑穀の煎餅としての性格を残しているとされる。落花生やごまを丸ごと練り込んだ「ピーナッツせんべい」は南部せんべいの代表的な変わり種として広く親しまれているという。焼き型には家紋や屋号を彫り込むこともあり、家庭で使われる型に個性が表れていたと伝わる。
どう作るのか
小麦粉に塩水を加えてこね、丸い鉄型に薄く広げて両面から挟み、じっくりと焼き上げる。無地のまま食べるほか、ごまや落花生を練り込んだ変わり種も広がっているという。割れた欠片を揚げたり砕いて菓子に加工したりと、無駄なく食べきる工夫も郷土色として語り継がれているとされる。鍋料理に割り入れて食べる「せんべい汁」のように、菓子ではなく食事として使われる型もあるという。
なぜこの形になったのか
一説によると、南部藩の領内では冷害で米が不作になることが多く、そばや大麦、のちに小麦を主原料にした素朴な煎餅が、各家庭で保存食として焼かれてきたと伝わる。藩主の居城が三戸から盛岡へ移った歴史とともに、青森・岩手の両県にまたがって焼き継がれてきた郷土の型とされる。素朴な塩味のまま食べ継がれてきた歴史があり、冷害の記憶と結びついた郷土の味とされる。
食べに行く前に
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ青森県
- べこもちもち米粉とうるち米粉の生地を色付けし、棒状に組んで蒸すと切り口に模様が現れる。米が貴重だった下北地方で端午の節句のハレ食として食べられ、大間町を中心に柄が発展した。
- ひっつみこねた小麦粉の生地を手でちぎって鶏だし醤油の汁に入れ、人参やごぼうとともに煮込む。旧南部藩領だった青森県南東部から岩手県北中部にかけて伝わり、米が不作の年の主食代わりとされた。
- かっけそば粉を薄くのばして三角形に切り、大根や豆腐とだしで煮てにんにく味噌をつけて食べる。南部藩がそば切りを禁じたため、切れ端を三角に整えて食べたのが始まりと伝わる南部地方の料理。
- くじら汁塩漬けにしたクジラの脂身を湯通しして脂を落とし、大根や人参、じゃがいもとともに大鍋で煮込む。捕鯨基地があった八戸周辺に伝わる正月料理で、日を経るごとに味がなじむとされる。
- 豆しとぎ煮て潰した青大豆に米粉と砂糖を混ぜてこね、かまぼこ形に成形して切り分ける。米の代わりに大豆でかさ増しした南部地方の生菓子で、山の神や農神への年取りの供え物として作られてきた。
- 青森シャモロックシャモと横斑プリマスロックを掛け合わせ、青森県畜産試験場が約20年の研究の末に開発したとされる。雄で約100日、雌で約120日と、一般的なブロイラーより50〜60日長く育てられるという。