焼きもの
貝焼き味噌
Kaiyaki Miso
大きなホタテの貝殻を鍋代わりに、出汁と味噌を煮立て溶き卵でとじる漁師料理。下北・津軽の海辺に伝わり、下北では海藻や貝をたっぷり加える豪華な「味噌貝焼き」になる。
- 発祥: 青森県
- 東京から北へ約580km
何でできているか
大きなホタテの貝殻を鍋代わりに使い、カツオ節や焼き干しの出汁に味噌を溶いて具材を煮立て、最後に溶き卵でとじる料理とされる。火であぶられた貝殻から立ちのぼる芳醇な磯の香りと、ぐつぐつ煮える卵、少し焦げて香ばしい味噌の風味が重なり合う。下北地方ではふのりやウニ、イカなど海の幸がたっぷり加わり、いっそう豪華な一品になるという。
どう作るのか
直径20cmほどの大きなホタテの貝殻を鍋のように使い、カツオ節や焼き干しでとった出汁に味噌を溶き入れて煮立てたところへ具材を加える。津軽地方ではシンプルに卵と味噌だけで仕立て、下北地方ではふのりや海苔、ウニ、イカなどを加えて豪華に仕上げる。最後に溶き卵を流し入れてとじ、熱々のまま、あるいは飯にのせて食べる家庭も多いとされる。
なぜこの形になったのか
古くからホタテ産地として知られた津軽湾周辺では、網で海底をさらうと5年から10年物の大きな天然ホタテが獲れ、その貝殻を鍋代わりに使う素朴な漁師料理が江戸時代からすでに食べられていたと伝わる。卵を入れて仕立てる工夫は、後に庶民が卵を手にできるようになり、病人や妊産婦のために栄養をつける特別な一皿へと発展したことによると考えられる。
同じ系統の料理
この土地の食材と料理
同じ青森県
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